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山形地方裁判所米沢支部 昭和36年(わ)53号 判決

被告人 大滝松蔵

明三一・一二・一五生 電気器具購売業

主文

被告人を罰金三〇、〇〇〇円に処する。

被告人が右罰金を納めることができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

事実

被告人は

一、第一種原動機付自転車の運転に従事している者であるが、昭和三五年一二月一九日午後七時半頃第一種原動機付自転車(米沢市一〇四七号)を運転し、米沢、西大塚線県道上を米沢市窪田町上藤泉地区方面から同市塩井町塩野地区方面に向つて、時速約二五粁で進行中、両地区の境界附近に差しかゝつた頃、清野玄男(当時三〇年)が運転する第二種原動機付自転車が対向して来るのを知つたのであるが、同車の前照灯の光が強く、被告人はそれに眩惑される危険を感じたゝめ、同車と一五〇米位に接近した際、前照灯を減光したうえこれを下向きにし、かつ、速度も時速二〇粁ないし一五粁に減速し、又、対向車の光が目に入らないようになるべく下向き加減に道路左側を進行したのであるが、対向車は依然として強い光を輝かせながら、かなりの速度で、その進路左側のやや中央寄りを進行して来るのに気付いた。従つてこのような場合、同所附近は有効巾員五米余の狭い道路でもあるから、対向車と接近すればするほど、その前照灯の光が被告人の目に入り易い道理であり、又、被告人の車及び対向車のちよつとした進路方向の変動によつても時には対向車の前照灯がまともに被告人の目に入るおそれがあつたわけであるから、被告人としては、対向車とすれ違おうとする際、対向車の前照灯によつて眩惑され、運転操作を誤り、対向車と接触するなどして事故を惹起するおそれがあることを予見し、それを防ぐため対向車の進路、速度などに注意し、すれ違つても安全な地点に一時停車し、対向車が過ぎ去つてから再び運転を始めるか、又は、安全な進路をとり、光に眩惑される危険を感じたときには直ちに急停車できるような万全の措置をとつたうえ、運転を続けなければならない業務上の注意義務があつた。

しかるに被告人は、前記減光、減速の措置をとつて左側を進行していれば万事足り、事故の発生がないものと軽信して右の義務を怠り、そのまゝの状態で進行し続けたゝめ、対向車と四〇米位に接近した頃、対向車がその進路左側前方約二〇米の地点を歩行していた二人連れの婦人を追い越そうとその進路を更に道路中央寄りにとつたゝめ、その前照灯の光をまともに受け、それに眩惑されて運転を誤り、道路左側から道路中央寄りに進行して行つたことに気付かず、対向車とすれ違う際、ハンドル右握りを対向車の右ハンドル附近に接触させて、前記清野を車もろともその附近路上に転倒させ、よつて同人をして同日午後一〇時四〇分頃同市広幡町小山田二三八番地同人方自宅で、左頭頂骨骨折、脳頭蓋内出血により死亡せしめた。

二、前記日時、場所で、前記のとおり交通により事故を惹起したのに、直ちに事故の内容、被害者の救護などについて講じた措置を所轄警察署の警察官に報告せず、そのまゝ運転を継続して同所を去つた。

ものである。

一  証拠(略)

なお、弁護人は、無罪の弁論をしているので、その主張について若干の説明を加える。

一、被害者の車が被告人の車に比し高性能であり当時被害者は前照灯を輝かせながら、相当な速力で進行し、しかも飲酒酩酊していた(証人土屋つるのの当公廷での供述、八巻うめの、島津りきの司法警察員に対する供述調書など)のに対し被告人は低い性能の車を運転し、減光、減速の措置をとつたうえ、進路左側を進行中、本件事故が発生したものであること、しかもその接触地点は道路中央よりやゝ被告人の進路側にあつたことなどをあわせ考えると、本件事故が被害者の一方的過失に基き惹起したものであると主張する弁護人の心情は了解できないわけではない。おそらく弁護人には、被告人は右のとおり規則を守つて行動していたのであるから、被害者も被告人と同様減光、減速したうえ、その左側を進行していたなら、本件事故は惹起しなかつた筈である。しかるに被害者はこのような態度にでて行動しなかつた。被告人としては、被害者もこのような態度にでることを期待し、行動することが許されるのであるから、本件事故はこのような態度にでなかつた被害者側に責任があり、被告人になんらの責任もない、との主張がその根底にあるのであろう。

なる程自動車運転者(原動機付自転車乗用者も含めて)は歩行者であれ、その対向車であれ、相手方も事故の発生を未然に防止しなければならない義務を負つているのであるから相手方においても規則を遵守することを期待し、行動することが許されるのは当然であろうが、だからといつて、相手方が規則を無視して行動にでたからとて、自動車運転者の注意義務が除却される理由がないのである。(大審院大正一四年一〇月三日判決集四巻五七〇頁、昭和九年六月七日判決集一三巻七九一頁など参照)自動車運転者は、如何なる場合でも事故を未然に防止するについて最善の措置を講ずべき義務を負つているのであるから、相手方が規則を無視して行動にでたゝめ、予期と異る事態が生じた場合でも、その状況より判断して、事故発生のおそれがあることを認識した場合には、これを未然に防止しなければならない業務上の注意義務を負うとするのは当然の事理に属するからである。

これを本件についていえば、被害者は飲酒酩酊のうえ相当な速度で車を運転し、対向車(被告人の車)が減光しているのに前照灯を輝かせながら進行していたのであるから、右にいう規則を無視して行動した場合にあたるといえようが、被告人は判示のとおり、被害者の車と一五〇米位に接近した頃既に対向車の前照灯の光が強く、それに眩惑される危険を感じていたばかりか、対向車と接近するに及んで対向車は一向減光しないばかりか、相当な速力で道路のやゝ中央寄りを進行して来るのを知つたのであるから、被告人としては、かゝる状況より判断して、対向車とすれ違う際、その前照灯に眩惑されて運転操作を誤り、あるいは事故が発生するかも知れないことを認識すべきであつたし、従つて、これを防ぐため判示のとおり、一時停止するか、眩惑される危険を感じた時直ちに急停車できるような万全の措置をとるべき業務上の注意義務があつたといわねばならない。

なお以上の説明で充分であるが、弁護人の被告人は一時停止しても本件事故が惹起しなかつたと断定できないから、本件は結局不可抗力によるとの主張は、被告人の注意義務は、被告人が対向車の前照灯によつて眩惑される以前に発生していたのであるから、その前提において誤つている。

二、次に弁護人は、被告人は本件事故について加害者意識はなく、自分が被害者の立場にあると考えていたのであるから、検察官主張の警察官に対する報告義務はない旨主張する。しかしながら、被告人は自分の車と被害者の車が接触し、その結果被害者が転倒して負傷したことを知つていた以上、たとい被告人がその結果発生について自分に責任がないと考えていたとしても、旧道路交通取締法施行令六七条所定の義務を負うことは当然である。けだし同条は、自己の車が事故の発生に関与したことを認識した以上、事故の発生について運転者に故意又は、過失あると否とは問わないからである。

一  適条

一、判示一の所為については刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法二条、三条(所定刑中罰金刑選択)

一、判示二の所為については道路交通法附則一四条、道路交通取締法(昭和二二年法律一三〇号)二四条一項、二八条一号、道路交通取締法施行令(昭和二八年政令二六一号)六七条二項、罰金等臨時措置法二条(所定刑中罰金刑選択)

一、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項

一、労役場留置については同法一八条

一、訴訟費用の負担については刑事訴訟法一八一条一項本文

一  量刑理由

本件は発生した結果は大であるが、その結果が発生するに至つた事情を考慮するとき、その責任の大半は被害者自身にあるといつても決して過言ではない。それは前記のとおり、被告人は被害者の車が対向して来るのを知り、減光、減速の措置をとつたうえ、注意深くその進路左側を進行したのに対し、被害者は酩酊運転をあえてし、相当な速度で、前照灯を輝かせながらその進路左側のやゝ中央寄りを進行して来たことと、その接触地点が道路中央線を越えて被告人の進路側であつたことをもつて明瞭である。のみならずその接触により、被告人は少量の傷害を受けたにすぎないのに対し、被害者は死に至る程の傷害を受けたのは、結局速度を出しすぎていたゝめと認められ、その遠因はもとより被害者の酩酊運転にあるといえよう。

被告人には判示のとおり、本件事故についての過失はあつたが、それは被告人が当時の状況より判断して、事故発生のおそれを認識しなかつたことに基く。然しながら被告人が右の事故発生のおそれを認識せず、結局それを防ぐための注意義務を欠いたのも、結局は被告人に自分は対向車とすれ違う際の守るべき義務を果しているのだとの意識があつたからであることは容易に想像できる。被告人としては右の注意義務を負担するまで被害者も規則を守ることを期待し、行動することが許されるものである以上、これを強く非難するわけにはゆかないし、又、被告人の車も対向車も車体の大きい自動車ではなく、いずれも原動機付自転車であつたことも、この場合特に考慮に入れるべきであろう。

のみならず本件は、極く常識的にいつて、被害者が最少限度減光の措置さえとつておれば、発生しなかつたといつても決して過言でない事例である。従つて被告人としてはこの点に想いを至し、終始被害者気質になつているのも、素朴な感情のあらわれとして当然と思われる。その責任は厳として追及しなければならないとはいえ、かゝる被告人の無念の情は本件量刑にあたり決して看過できないと考える。

近時自動車事故の激増に伴い、自動車運転者に対する厳しい責任の追及は世論の要請するところであつて、検察官もかゝる点をも考慮に入れ、被告人に対し禁固六月及び罰金五、〇〇〇円の科刑意見となつたのであろう。然しながら以上の諸点や本件の被害者は常に交通事故の危険にさらされている歩行者ではなく、被告人より高性能の車を運転中の者であつたこと、被告人には交通事故ばかりでなく、交通違反の前歴がないことその他諸般の情状を考慮するとき、検察官の科刑意見は甚だ重きに失するとの感を免れない。

当裁判所は主文のような刑を量定するのが相当と認める。

(裁判官 丹野益男)

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